顔が命のブロンソン

 顔が命、というのは別に人形に限ったことではありません。どんな顔に生まれたかによって人生は左右されるといえるでしょう。とくに俳優というのは70パーセントぐらいは顔です。銀幕に登場して不特定多数の観客に晒される顔に、何も滲み出るものがなければ、その俳優にはほとんど価値がありません。逆に顔だけで勝負できるほどのアクがあればスターダムへの階段を一段飛ばしで駆け登れるのです。今や人気俳優といえば、いわゆる美男/美女ばかり。しかし、果たしてそれでいいのでしょうか? 別に私自身が美男でなく女性にモテないから妬んでいるのではありません! 確かにトム・クルーズやブラッド・ピットやレオナルド・ディカプリオのような容姿に生まれれば、それなりに楽しい人生が送れるでしょうが、私はチャールズ・ブロンソンのような顔にこそ男として憧れを持ってしまいます。ブロンソンを美男と言う人は皆無でしょう。むしろ「暑苦しい」「ムサい」「イボイノシシみたい」と思うのが普通かもしれません。しかし、それはどうでもいいのです。ただそこに立っているだけで、たとえセリフがなくとも背負った人生と抱え込んだ哀愁を漂わせることができるのが、ブロンソンの顔なのです。これは俳優として決定的な資質だといえます。ブロンソンの顔は裕福さや安住とは無縁の人生を歩み、幾多の戦いと修羅場をくぐり抜けてきた男の生きざまを想像させます。映画の中でブロンソンの過去が回想シーンで説明されるケースはほとんどありません。しかし、観客は想像できるのです、説明されるまでもなくブロンソンの過去に凄まじい悲しみがあった事を。決して裕福ではなかった家庭に生まれ、炭坑夫や爆撃機飛行士などの危険な労働に従事したといいます。30歳で映画デビューするまでの生活が過酷だったのは想像にたやすく、その暮らしがブロンソンの顔や体に男気と哀愁を刻み込んだはずです。汗と油と埃にまみれながら叩き込まれてきた生存力学をセリフを使わず空気で体現できる数少ない男優だと私は考えています。