あばよブロンソン

ありがとうブロンソン

 このページはブロンソン・ファンの皆様から頂いたメッセージを掲載しております。
 ブロンソンの訃報が伝わった直後、彼の死を偲ぶ方々から掲示板に多くの書き込みが寄せられました。どの書き込みにも胸を撃ち抜く熱い思いが満ちておりました。そんなメッセージをいつか消えてしまう掲示板ではなく、形として残しておきたい、ブロンンソへのせめてもの気持ち表したい、と思い、このページを作成しました。メッセージを掲載することを承諾して頂いた皆様に感謝します。

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【メール】

 時間がたつほどに彼への想いが強くなる。でも、さよならは言わない。ブロンソンに会いたくなったら、いつでも会える。彼はスクリーンのなかで生きている。ある時は寡黙に、ある時ははにかんでくれる。彼はとても優しかった。そして途方もなく熱かった。スクリーンに彼が映るだけで安心できた。頼りにできた。そして彼ほど妻思いの役者はいなかった。いつだって俺たちのそばには、ブロンソンが居てくれる。親父のようなブロンソン、たくましい兄貴のようなブロンソン。何千何万という人が彼にあこがれ、彼に教えられ、彼に恋し、彼とともに時代を生きた。ありがとう、ほんとにありがとう、あなたと同じ時代を生きれたことを誇りに思う。これからも、俺たちがブロンソンを忘れない限り、彼は俺たちの心の中でいつまでも生き続けるだろう。

(シネラマン様 広島県)

         
 ブロンソンは俺にとってオヤジみたいな存在だった。オヤジはブロンソンの映画がTVでかかると必ず見入っていた。そしてよくブロンソンの真似をした。俺はそんなオヤジを見て、子供ながらに「かっこいい!」と思った。マックィーン、コバーン、そしてブロンソン。彼らは俺の最初のヒーロー。マックィ―ンはアニキ。コバーンはオジキ。そしてブロンソンはやっぱりオヤジ。他の二人と比べること自体意味のないことだが、ブロンソンにしかないものは「人間臭さ」「直向さ」。彼の映画を見て何に震えるかと言ったら、ファッションや役柄以前に、「彼そのもの」だったということに改めて気付かされた。遅ればせながら、ご冥福をお祈りします。天国へ逝っても、ジルとまた夫婦共演作品を作ってください。

(to-suzuki様)

         
 彼は死んだのではない。旅立ったのだ。私は、そう信じている。何年後か、彼に追いつくまで私はこの道を歩み続ける。そしてもし、道に迷うことがあったなら彼の言葉を、彼の生き様を思い出すのだ。

時間がたつほどに彼への想いが強くなる。でも、さよならは言わない。ブロンソンに会いたくなったら、いつでも会える。彼はスクリーンのなかで生きている。ある時は寡黙に、ある時ははにかんでくれる。彼はとても優しかった。そして途方もなく熱かった。スクリーンに彼が映るだけで安心できた。頼りにできた。そして彼ほど妻思いの役者はいなかった。いつだって俺たちのそばには、ブロンソンが居てくれる。親父のようなブロンソン、たくましい兄貴のようなブロンソン。何千何万という人が彼にあこがれ、彼に教えられ、彼に恋し、彼とともに時代を生きた。ありがとう、ほんとにありがとう、あなたと同じ時代を生きれたことを誇りに思う。これからも、俺たちがブロンソンを忘れない限り、彼は俺たちの心の中でいつまでも生き続けるだろう。 シネラマン 広島県東京都 maxsato様)

         
 皆さんのブロンソンへの思いを目にし、涙が止まりませんでした。僕も思いは同じです。本当にありがとうございました。男の何たるかを教えてもらいました。天国でゆっくり休んでください。

(東京都 カラテカ様)

         
 ブロンソンのファンというよりも、映画大好きになったきっかけが、『狼の挽歌』」と『雨の訪問者』だったから、ブロンソンが好きになった。 その夏マンダムのCMが大量に流れ、初めて自分のお金でシングルレコード「男の世界」を買って何十回と聞いた。 それ以来、かかる映画は全て見に行き、内容や役柄よりもブロンソン汁に浸っていた。映画としての完成度は別にして、『チャトズ・ランド』のヒゲありインディアンの役がセリフなしの行動派という意味で一番好きだった。 演技派にならず、アカデミー賞ねらいにいかなかったのが、男を感じさせます。生涯アクションスター、尊敬です。 近頃日本で出ていない『チャトズ・ランド』と『正午から3時まで』のビデオをアメリカから取り寄せました。この機会に追悼盤が出ないでしょうか・・・後は芳賀書店のシネアルバム・ブロンソン号をどなたか、譲ってはいただけないものでしょうか。 

 (高知県 超助)

         
 僕はずっと昔に何かしらのロードショーでやっていた、あれは多分デス・ウィッシュシリーズの4、バトルガンM−16で彼を知った。街中を銃で撃ちまくって進んでいくという、とてつもない内容だったが、殺された妻と娘の復讐に突き進んで行く姿にカッコエェと思っていた。どうお世辞を言ったとしても決してカッコいい顔ではない、スタイルも筋肉質ではあるがどう見てもただのオッサンだ。しかし、決して愚痴らず、ただただ寡黙な彼の姿に、間違い無く男を感じた。そう言いながらも僕は逆だなぁ、口が先に出てばっかりだ。言葉と心の間、それをもっと自分自身で見出さないと・・・。
 とにかく、あばよ!ブロンソン!!!

(新潟県 ジャスティ様)

         
 さようなら、ベルナルドおじさん。
 ぼくたちの盾になって銃弾を浴びてしまったのに、最後に「オレの名前は?」って聞いて、「ベルナルド」って答えたら、にっこり笑って息を引き取ったおじさん。
 おじさんのことは一生忘れない。
 山賊と戦うお父さんたちを指してあの日おじさんがいった言葉をいまでも覚えてる。
「なあ、おやじさんたちは勇気があるだろう」
 あれから時は流れ自分も子どもを持つ親の身になってあの時おじさんが言ってた意味がやっとわかりました。
 ぼくたちも勇気を持って生きていきます。おじさん、ありがとう。お墓には毎日 花を飾るよ。

(大阪府 オライリー様)

         
 ブロンソンの映画は、ほとんど観ていないと言ってよい。
『夜の訪問者』『レッド・サン』『荒野の七人』くらいでしょうか(当然これ迄、何処かで何かを観てるのかも知れないけど....)。
 子供の頃親父が「チャールズブロンソンって醜男だろ?」ってニコニコしながら言っていたのを、思い出します(大人にはきっと6822んだろうな...とか思ってた。当時)。
 で、30過ぎた辺りで何故か西部劇のマイブームが来た。近くのレンタルビデオ店で片ぱし借りた。でもブロンソンの出演作は上記の程度。
「ブロンソンって不細工だけど人気スターだったから何かしら魅力あるんだろうな」と大人の視点で子供の頃の親父の言を思い出しながら漠然と想像してみる。
 ブロンソンに関係なく当時は西部劇をもっと観たかった。で、マイブームが訪れる以前に、昔、BSで録画していた西部劇がテープに残っていた。しかし無念にも前半部が上書きされて潰されていた.....(悲
 だが、西部劇に飢えていたので、抗し切れずに構わず観てしまう。
 髭の生えて無いブロンソンがサルーンで独り飲んでるシーンからだった..。『ウェスタン』だった。後半部しか観て無いのにブロンソンという俳優の魅力の「威力」を思い知った瞬間だった。レンタルビデオ店に即行奔ったが「デス.ウィシュ」シリーズは遂に見つけられなかった。(ガックシ)
 遅ればせながら魅力が解って、まだ殆どの作品を未見の前に逝かれてしまうと云うのもなんか物悲しい(手塚治虫逝去後に初めてブラックジャック読むみたいなモノかな?)。合掌。

(千葉県 TOKAGYPT様)

         
 自分は20年来のブロンソンのファンです。ガキの頃はよく水曜ロードショーや日曜洋画劇場などでブロンソンの映画が放映されてましたね。無骨で男らしい風貌ながらどこか人恋しいというか淋しそうな孤独感を漂わせているブロンソンが大好きでした。一匹狼的なキャラと「さらば友よ」「ブレイクアウト」のようなどこかさえないちょっとおちゃらけたキャラも最高でした。どこにでもいそうな気のいいおじさんのようでここまで存在感のある俳優は今後も現れないと思います。天国で奥さんと幸せに暮らしてください。貴方の強く正義感溢れる姿は今後も忘れることはありません。お疲れ様でした。そしてありがとう!!

(福島県 アキオ・ブロンソン様)

         
 嗚呼、男の中の男
 また時代が一つ消えた。本当にお疲れ様、天国の仲間と幸せに。

(東京都 ミスターマジェステイック様)

         
 チャールズ・ブロンソンのファンになって、もう20年あまりになります。ガキのころ、「うーん、マンダム」なんて言いながらふざけあっていたのははるか昔のことですが、高校を卒業して、親元を離れて東京で孤独に新聞販売店の住み込みの配達員をしながら学費を稼いで大学進学を目指していたあのころ、映りの悪い中古テレビの画面を通して見たブロンソンの、アウトローでありながらもストイックな生き方を守り、また、弱きを助け横暴者をこらしめる、あの、孤独ながらも男の美学のようなものを貫いているような姿に魅せられて、また、それをその当時の自分の境遇と重ね合わせながら自己満足にひたっていた時期がありました。おかげでその後私は何とか「勤労学生」を続け、どうにかこうにか大学を卒業し、紆余曲折を経たのち、今はしがない教師をしていますが、いまだにさまざまな境遇にある生徒たちと向き合いつつ、それこそ、ブロンソンが「必殺マグナム」(Murfy’s Law)の中で、アラベラ・マギーという不良少女と格闘しつつ次第に打ち解けて、やがて彼女がブロンソン扮するマーフィーを慕うまでになるといったストーリーを思い起こしながら、日々若い連中と“格闘”しているといったところです。ちょっと大げさな言い方になってしまうけれども、ブロンソンは私の青春時代の、心のささえだったのです。もうすでにかなりのご高齢だとは思っていましたが、今、ブロンソンの死去のニュースを耳にして、あらためて感慨にひたっているところです。映画俳優というのは、スクリーンの中のイメージと、実際の本人の私生活とは必ずしも一致しない場合もあるかもしれませんが、ブロンソンの場合、その生い立ちから考えても、また実際の妻であったジル・アイアランドとの共演を見ても、きっと、私生活においてもやはりあのような生きざまを貫いていたにちがいない・・・と、信じています。ブロンソン、本当に、どうもありがとう!!  

(静岡市 山下博之様)

         

 無言で男を語る事の出来る名優を俺は忘れません。あんたの眩しそうな目が見つめていた物がなんなのかはっきりと解るまで、俺はあんたの背中を追い続けます。安らかにお眠り下さい。Mr.CHARLES BRONSON THANK YOU

(トンネル屋様)

         
 あのブロンソンがもうこの世にいないないんて・・・もう信じられないです! マンダムのCMなどで小さい頃から好きでした。カージー役では70歳を過ぎていて革靴を履いていても全力で走っている姿が胸を突きました! 思い出すだけで涙が出ます..。
 もっともっと長生きして欲しかった。これで「荒野の七人」で健在なのはロバート・ボーンとホルスト・ブップ・ホルツ の二人になってしまいました。

(神戸市 maverick様)

         
 誰かに聞いて欲しいこのやりきれない気持ち。と思いながら探してみました、ありましたね。哀しみを共感できるスペースが。皆様のお気持ちよーくわかります、またまた泣いてしまいます。本当に哀しい。思えばわたくしは、彼がまだ世にその名前を知らしめていない頃のTV「カメラマン・コバック」からのなじみなのです。父とともに見ていました。悪を憎み犯罪に立ち向かう姿勢はこの「コバック」が彼ブロンソンの原点であると思います。一緒に見た父はわたくしが高校のとき他界してから私くしの父はブロンソンになりました。そのころ「さらば友よ」だったからです。アラン・ドロンとの友情の話でしたが、怪しい軍人を見事に演じていました。たしか米、仏合作だった映画ですが、日本人くさい人情とか義理とかそういう奮囲気むんむんのにおいの映画だったのです。なにより、悪には徹底して憎みながら女性にはおおらかな愛を持っていました。「雨の訪問者」には、そんなフェミニストブロンソンがいっぱいでした。以後さまざまな作品を見ましたが世界が変化していくのとブロンソンの映画もだんだん過激になっていきました。愛するジルを亡くしたり彼も紆余曲節 を経て大変だったことと思います。ギャング映画などはブロンソンは好きだったでしょうか。マンダムのCMでみせたカウボーイなどが一番ぴったりのような気がします。「ウエスタン」のポスターはたて2枚の長いものでしたが、夜映画館の前からはがして部屋に貼ったくらいです。次の日見に行ったら何事も無いかのように新しいのが貼ってあったのでその夜またはがしてきました。当時女子寮にいたのでそこでは「ブロンソン」は超有名人でした。もっと西部劇に出て欲しかったです。「大脱走」では無事脱出したブロンソンですもの。まだまだ書き足りませんがこの辺で失礼します。このようなサイトを提供していただいたこと厚く感謝いたします。

(チャーリーの女ジュリア様)

         

 いつか、又逢える日を楽しみにしてるぜ。その頃には俺も、漢の端くれに入れるように男を磨きたい。じゃがいもウイスキーを一緒に飲もう!! イエー!!

(ジョー様)

         
 大好きだったブロンソンが逝ってしまった。もっと、もっと見たかった。残念だ。
 でも、きっと彼はブザマな姿をさらすことは良しとしない男だったであろうからひっそりと逝ったんだろうな。マックやユルやコバーンと再開できて笑いあう姿が目に浮かぶからこれでいいんだろうね。ご冥福をお祈りします。

(K's様)

         

 一番すきな俳優でした。男の渋さを感じさせてくれる唯一無二の存在、それがチャールズ・ブロンソン。あの存在感、顔の表情、スタイル、全てが彼の送った人生がにじみ出ていたのだと思います。私もまだ若輩者なので彼の作品を知らないのが多いので改めて見てみたいと思います。本当に惜しい男を亡くしました。残念でなりません。でも本当に今までありがとうございました。ブロンソン・・・永遠に


(愛知県 ジャック・キンボール様)

         
 さらば!狼よ!
 ジルとともに安らかに眠りたまえ。俺たちは、漢の中の漢だったお前を忘れない。

(BADsMARU様)

         
 男の中の男がまた一人この世を去りました。ただただショックで信じらせません。今頃天国で先に逝ってしまった男たちとなつかしい再会を果たしていることでしょう。もちろん、ジルとも・・・。
 男のなんたるかを無言で教えてくれたブロンソン、ありがとう。安らかに・・・。

(京都市 Robert Halford様)

         
 20年来この方、洋の東西を問わず除菌された潔癖症のごとき映像、俳優ばかりの中、大人の男を感じさせる役者として唯一無二のまま彼は逝ってしまった。
 昨今の人工マッチョとは比べ物にならないシャープで必要充分な美しい筋肉。何も伝わってこない筋肉の鎧ではなく、肉体労働で培った本物の男の肉体。アクの塊のようなあの顔とあの声とあの身体が、そしてあの年齢が!ギリギリのところで、この世のものとは思えぬ最高のバランスを保ち、我々はそこから発せられる、むせ返るような、清濁併せ呑んだ男のパフォーマンスに酔いしれたのだ。炭鉱から戦場そして銀幕と、生きるために四の五の言わずに、身体一つでことを成してきた強い男の代名詞。それがブロンソン。

本当にありがとうございました!お仲間方との再会、お慶び申し上げます。

(山口県 モートルの玉様)

         

 すこし前から病気であることは聞いていましたが、他界したと聞いてびっくりしました。自分がブロンソンと出会ったのは 深夜TVの映画(さらば友よ)です。感動しました。それでもう一度同じ映画が見たくてあちこちビデオテープを探し求め入手しました。そのテープは今まで数えきれないほど見ました それぐらい大好きでしたブロンソン。そんなあなたは もうこの世にはいないのですね。とても残念です。でも私の中に、そして映像の中にいつまでも生きつづけることでしょう。やすらかに・・・・・。

(三重県 M.K 様)

         

 昨日のニュースを見て、私は肩を落としました。「DEATH WISH」シリーズでは、犯罪者には人権など無いと言わんばかりに、世の中のウジ虫どもを片っ端から抹殺していく姿、自警団、これぞ男の中の男と呼ぶにふさわしい人でした。
 最近は闘病生活だと聞いていましたが、まさか逝ってしまうとは…残念でなりません。
 しかし、彼は私たちの心の中でいつまでも生き続けて行くでしょう。
ありがとうブロンソン!! そして安らかに眠って下さい。

(群馬県 ウィルディマグナム様)

         
 1970年当時、ハナタレ小僧の私がブロンソンを始めて見たのはマンダムのCMでした。そこにいるブロンソンは“おじさん”ではなく“男”そのものでした。その“男”にあこがれハナタレ小僧のくせにヒゲを生やしてみたものでした。
 東京の大学に入学してからは、ピアを片手にブロンソン出演の映画を上映している名画座等をまわったものです。レンタルビデオもないこの時代は、ブロンソン出演の映画を見るにはちょっと苦労しましたね。こうした話を語ることも、思い出になってしまいました。さよなら、ブロンソン・・・

(宮城県 しのご様)

         

 俺は元々、映画鑑賞が趣味ではない。しかしブロンソンの出る映画は必ず見た。なぜかブロンソンの存在に惹かれるのだ・・・。あの強靭な肉体とダンディな身のこなしは演技用に作られたものじゃないことだけは感覚で分かった。今までの苦労や人生の生き様を体が証明していた。

 俺にとって、ブロンソンは特別の存在だった。ブロンソンのように年を取りたいと思った。数十年ではあるがブロンソンを知り、同じ時代に生きれたことを幸せに思う。ありがとう! チャールズ・ブロンソン。

ブロンソンよ 永遠に。

(大阪府 トオル様)

         
 マンダムのブロンソンのCMは、子供心に印象的でした。もしかしたら、最初に彼を知ったのはそれかもしれません。その後、「荒野の七人」、「大脱走」などの映画にふれ、彼の実直そうな無骨な演技にワクワクしたものでした。やがて自分も大人になり、さまざまな世の中の不条理を目の当たりにする頃、「デス・ウィッシュ」シリーズと出会いました。ワンパターンだとか、あり得ないとか、いろいろ批判はありましたが、ポール・カージーが悪を退治し、胸をスカッとさせてくれました。もちろん、それまでにも、「特攻大作戦」、「戦うパンチョ・ビラ」、「さらば友よ」、「夜の訪問者」、「狼の挽歌」、「雨の訪問者」、「レッド・サン」、「バラキ」、「マジェスティック」、「軍用列車」などなど枚挙に暇のない作品群で、私を楽しませてくれました。

 電話番号のメモを、さっと目を通しただけで記憶してしまうような切れ者の役よりも、斧で薪を割ったり、悪人をバズーカで吹っ飛ばすような役の方が私はずっと好きでした。2000年代になっても颯爽とした活躍を見られると信じていただけに、今回の訃報はとても残念です。

 ただ、きっとブロンソンも疲れたんでしょうね。今頃は天国でジルと仲良くやっていることと思います。

 ありがとう、ブロンソン!

(東京都 オオカミ様)

 
 ブロンソンの訃報、ファンの私もある程度覚悟していたとは言え非常に残念な思いです。 しかしブロンソン死すとも彼の出演した作品群は永遠に不滅です。そしてブロンソン自身も男の中の男として、いつまでも語り継がれて行くと思います。

(大阪府 紅竜様)

         
ブロンソンよ、ありがとう。そして、やすらかに。

(群馬県 M-7998様)

 

3 November 1921    30 August 2003

 

オレたち忘れねぇぜ、男気ってやつを。