戦争のはらわた
(英・西独・77)

監督/サム・ペキンパー
出演/ジェームズ・コバーン、マクシミリアン・シェル、ディヴィッド・ワーナー

 勝利なき戦場、敗者の美学、男の意地。ペキンパー唯一の戦争映画にして、戦争映画史に残る大傑作。よく比較される『プライベート・ライアン』でのノルマンディー上陸シーンも確かに迫力があったが、個人的にどうしても本作に軍配をあげたくなるのは、トム・ハンクスでは漂わせられなかった孤高の存在感がジェームズ・コバーンにはあった事と、自国が勝利した戦争ではなく他国それも敵国ドイツ軍兵士を題材に選んだペキンパーの心意気に潔いものを感じるからだ。どうあがいても打破できない絶望的状況におかれた者が最後に行き着くのはカタルシスしかない。死を待たずに、死に突っ込んでいくケリのつけかたはペキンパー映画の真骨頂だ。
 T−34のキャタピラーに地雷を噛ます対戦車戦術や、敵の進撃を一気に形勢逆転させてしまうMG34の掃射など、ハイテンションなリアリティで戦場を再現している。味方が攻勢なのか劣勢なのか見当もつかないカオティックは、恐らく実際の戦場で兵士たちが陥った現象だろう。バリケードを突破してくる戦車との接近戦のド迫力は、撮影そのものが危険を犯している事を裏付けている。血、肉坤、硝煙、火薬、爆発音、泥がグチャグチャに渦巻く狂気の映画に『戦争のはらわた』という邦題センスは抜群だと思う。少なくも原題“Cross Of Iron(鉄十字)”よりは日本人には絶対的な響きを残す。
 戦争の勝敗や任務の遂行は関係ない。ただ今日の戦場を生き残ることがすべてなのだ。恐らくこの戦争は負ける。だが、それでも戦線離脱はできない、いや、しない・・・。1943年東部戦線スターリングラード、ソ連軍に補給路を分断され孤立し包囲されたドイツ第17軍歩兵連隊。小隊を率いる歴戦の勇士スタイナー伍長は部下たちから信頼と畏怖の念を抱かれ、故国の勝利や軍規以上に個人の信念が重要であることを己に律している男だ。プロイセン貴族末裔で名誉欲の強いシュトランスキー大尉はスイタナーの持つ鉄十字章が欲しくてたまらない。エリート職業軍人である自分にはなく下士官のスタイナーにはある鉄十字章が許せないのだ。自己矛盾の挙げ句嫉妬に狂ったシュトランスキーはソ連軍との戦闘に連日かり出されるスタイナーたちをドサクサに紛れて殺そうと画策する。
 アメリカ映画の大半でドイツ軍は極悪非道の限りを尽くす悪魔の軍隊ということになっている。恐らく半分は真実で半分は嘘だろう。国籍、人種、宗教を問わず人間である以上、極限状態に在る兵士たちの心理に大差はないはずだ。この映画に出てくる兵士達はソ連軍/ドイツ軍ともにただの人間の姿をしている。それを明確にするには圧倒的なリアリティが必要だったのだ。ペキンパーにとって重要なのは滅びゆく人間たちの様だったのだろう。真の敵は外敵ではなく側近にこそ存在する、と教訓めいたものががこの映画にあるのなら、即ち映画界におけるペキンパー自身の戦いがスタイナーのそれだったのではないだろうか。

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