ブロンソン・コラム
手
私事だが、私の父は満期退官するまで35年間自衛官をしていた。父の手は甲が分厚く、指が太かった。18歳の頃からペンを握るよりも、銃やスコップを握ったり、重い物を持ったりすることのほうが多かった男の手だった。ゴツゴツした武骨な手だった。そんな手をした父が私の誇りだったし、男のくせして真っ白い手をした大人よりもずっと尊敬していた。私の家は典型的な中流家庭で、大金持ちでもないが決して貧しかったわけでもない。少なくとも幼少期の私はこれといって不自由やひもじい思いをした記憶はない。いや、不幸な家庭環境にあると感じたことはない、というほうが正しいか。そんな家庭を支え守ってきたのは父であり、父の手が武骨だったのは泥や油にまみれて生きてきた男の勲章だと言い切りたい。ブロンソンの手は大きい。父と同じように甲は厚く、指は太い。下手すると一回でマンダムをひと瓶使ってしまうほど大きい。紛れもないブルーカラー・ワーカーの手だ。あまり器用なことに適していない手だが、私はブロンソンに限らずゴツゴツした手をみると、仕事から帰ってビールのグラスを握る父の手、慣れないワープロのキーボートを不器用に一つ一つ押す父の手を想う時がある。
男汁(ブロンソン腺液)
「ブロンソン腺液」と書いて“男汁(おとこじる)”と読む。男臭い映画を観ると胸が熱くなる。それは【男気】が急激に加熱された時に起きる現象で、脳内麻薬アドレナリンと【男気】が混合すると【ブロンソン腺液(通称・男汁)】が分泌される。『特攻大作戦』や『ロンゲストヤード』がTVで放映された翌朝、ブロンソン腺液でパンツを濡らしてしまったという事例が多数報告されている。また、【ボーグナイン腺液】、【マーヴィン腺液】と呼ぶ場合もある。なお、【ブロンソン腺液】分泌量と【キレイナオネーチャンニモテネェ度指数】は比例するらしい。
マンダムのCMって・・・
実際のところ、60年代末に生まれた私が映画に興味を持ちだした頃には、チャールズ・ブロンソンは過去の人になりつつあった。マンダムのTVCMが始まったのは私が幼稚園に入る前の事なので、リアルタイムで知っているワケではない。にも拘わらず、小学生の時、クラスメートに「アゴに何かついているよ」と言って、その子がアゴに手をやるタイミングを見計らって「んーん、マンダァム・・・」なんてやっていたのは何故だろう? 観てないはずのCMネタをギャグにしていたのだろうか? 不思議なことに私の脳裏には、ブロンソンが大きな木の切り株を力ずくで地面から引き抜こうと悪戦苦闘している映像の記憶がある。あれは多分マンダムのCMではないのか? それとジープのボンネットの上でブロンソンと若者が腕相撲をとっている場面も脳裏にあるのだが、これは一体・・・? 2歳か3歳の時にたまたまTVで観たであろう映像が今だに脳裏にあるとは考えにくい。この謎の答えは出しようがないが、可能性としては、
@ リアルタイムではなく、もっと後に「懐かしのTVCM」とか「あの人は今」みたいな特集番組で観ていた。
A CMそのものが数年間に亘って放映されており、幼稚園児ぐらいの時にシリーズ末期のを観ていた。
B 「ワンパクでもいい、逞しく育ってほしい」の丸大ハムのTVCMと混同している。
C 私自身が「観た覚えがある」と信じている映像の記憶がとんでもない幻想。
なとが挙げられる。どれも自信はないが。
とんだ勘違い
ブロンソンの人気全盛期と私の幼少期は一致する。辛うじて外国映画を観る機会はテレビ放映のみ。そんな子供だった私ですらチャールズ・ブロンソンの名前は知っていたのだから、日本でのブロンソンの知名度は相当のものだった。が、子供ゆえに外国人の顔は大体同じに見え、外国映画に髭を生やした男が出てくると、それはブロンソンだと勝手に思い込んでいた。時は流れビデオ時代が到来し、映画を観る機会も俄然増えた。子供の頃にテレビで観ただけで、断片的な記憶しかなかった映画と、ビデオで再会できた時は感動的ですらあった。ビデオで偶然観て「ああ、この場面は昔テレビで観たことがある」と興奮することもしばしば。車泥棒が盗んだマスタングでパトカー軍団と延々とカーチェイスを展開する映画を、恐らく小学生低学年の時に観たが、細かいストーリーやタイトルはすっかり忘却の彼方。とにかく主役が髭を生やしていた、という理由だけで、当然、主人公はブロンソンだと決めつけていた。その映画のタイトルは『バニシング in 60』(74)。成人してからビデオで観てはじめて主人公がブロンソンとは別人のH・B・ハリッキーで、似ても似つかぬ顔だったことを確認した。このように髭男優はみんなブロンソンだと、子供時代の私は思っていた。我ながらなんともマヌケな話である。