ブラインド・フューリー
(米・89)監督/フィリップ・ノイス
出演/ルトガー・ハウアー、ショー・コスギ、ランドール“テックス”コッブ『座頭市 血煙り街道』(67)のリメイクである本作は小粒ながら、モタモタせずにストーリーが展開していくので小気味いい。しかも、障害を克服することへの賛歌や悲壮感がないので純粋に楽しめるアクション映画だ。肩が凝ることなく観れたのは、主人公がどちらかというとコミカルさを前面に出したキャラクターだったからだろう。ルトガー・ハウアーの居合い抜きは勝新太郎ほどのキレはなく、また座頭市が大立ち回りでみせる狂気も感じられないが、盲目というハンディキャップを負いながらも、決して腐ることなくゴキゲンに生きてゆく様は観ていて痛快。オリジナル同様、シリーズ化を匂わすラストシーンでありながら、興行的な不振からか今作のみで終了してしまったのは残念なことだ。
ストーリーは、ベトナム戦争の戦闘で失明し、現地の山岳民族から居合い抜きを伝授されたニックが、かつての戦友の息子を連れて、犯罪組織に囚われている戦友の救出に向う、という単純明解なもので、次から次と二人の前に現れる刺客どもを刀だけで倒してゆくニックのカッコいいこと。表向きはカジノ経営者である麻薬組織のボスを追いつめた時、最後の敵として登場するショー・コスギとの殺陣が面白い。ハウアーはそれほど迫力ある殺陣をしているわけではないが、そのぶん空中殺法を取り入れたコスギの華麗な動きがカバーして殺陣全体はとても面白く見える。ボスの側に立って考えれば、送り込んだ刺客が次々と倒されていくのだから、機関銃などの飛び道具でさっさとカタをつけりゃあいいのに、切り札に使ったのが刀使いのコスギというのも無茶な話だが、ニンジャ・コスギとアメリカン座頭市が戦うってんだから、そんなこと言ったらミもフタもなくなるというもの。
子供を父親に会わせたニックは、平和な家庭に自分の居場所がないことを悟り、静かに涙を流しながら彼らの前から姿を消す。このラストの潔さに爽快なものを感じさせられた。子供が「Uncle Nick !」と泣き叫びながら必死に彼を探す姿が切ない。
ところで終盤に出てくる用心棒役はキム・ドクことタイガー戸口だろうか? 少なくとも『レッドブル』(89)のオープニングでTバック姿のままシュワにぶん殴られるモンゴロイドと同一人物だと思うのだが。
ちなみにハウアーは実生活においても強度の色盲で、オランダ海軍を追い出された過去があるらしい。
